日記「みかんの日々」をブックマークしてくださりコメントを下さっていた方には、大変申しわけございませんが、
このたびコメントをできない設定に変更させていただきました。
日記へのご意見ご感想については
HPねこのしっぽ
「まねきねこ掲示板」の方に、よろしくお願いいたします。
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今日の午前3時35分
風太郎が旅立ちました。
14才10ヶ月
写真は去年の夏頃に
舌を出しっぱなしにしているのがおかしくて
慌てて携帯で撮ったものです。
我が子よりも長く一緒に過ごしてきました。
本当に特別な
愛しい愛しい存在でした。
私が世話をして守り育ててきたつもりが
本当は私の方が支えてもらっていたのだと
今さらながらそう思います。
ずっと一緒に生きてきました。
ずっとずっと傍にいてくれました。
感謝してもしきれません。
後悔せずに泣かずに見送ると決めていたのに
やっぱり後悔だらけで
自分の至らなさと未熟さに
申し訳ないという思いでいっぱいです。
そして想像以上の大きな喪失感と悲しみに
どうすることもできず
ただただ泣くばかりです。
だんだんと腎臓が悪くなってきているのはわかっていました。
食べても食べても痩せて行くばかりだったからです。
でももう15才という年齢のこともあるので
私は風太郎のしたいように
食べたいものを食べさせて過ごしてきました。
それが腎臓に良くないものでも
食べたがるものを食べさせて
飲みたいものを飲ませていました。
というのも実は
3年前に風太郎は死にかけています。
口の中に水泡ができ(口内炎の悪化)
何も食べれず痩せこけていき
骨と皮になりました。
点滴に通い続けインターフェロンを打ち
そうやって一ヶ月近くもそんな状態でいたのです。
でも持ちこたえて見事に回復してくれました。
それこそ「奇跡」でした。
11歳で歯石の除去をしたときも
麻酔の覚醒が遅く、長くフラフラの状態が続き
食べることができませんでした。
その前に7歳くらいのときに
内股が大きく硬く膨れ
それは小さな傷から入ったばい菌で中に膿が溜まり
熱を出しました。
破れて膿が出て傷が癒えるまで
やっぱり何日も食べられずに過ごしました。
そういうことが他にも3度ほどあります。
その前には
顔が左側だけ二倍に腫れ上がり
(事故なのか、殴られたのか不明ですが)
治療のおかげで助かりはしましたが
後遺症で左側は麻痺し、目は閉じなくなりました
とにかく
病気や怪我の多い猫でした…
特に3年前のひと月にも及ぶ病気のときには
もうダメだと何度も思い、何度も泣きました。
でも諦めきれずに治療に通い
何よりも風太郎自身の頑張りで乗り越えてくれたのです。
だから、その後はもう
よく生きていてくれたなと
この先は風太郎の思うままの暮らしをさせたいと思っていました。
15才となる風太郎に
もう長々と病院通いをしたり
薬を飲ませたり、腎臓の処方食生活を強いたり
そういうことを
もう絶対にしたくないと思っていました…
きっと風太郎もそう望んでいるに違いない…
…とはいえやはり苦しませたくはなく
できる限り静かに逝くようにと願っていました。
先週の火曜までは本当に元気で
イワシを持って逃げようとしたくらいです。
でもその後食欲が落ちていきました。
水、木
そして金曜日にはとうとう食べられなくなってしまいました…
もう病院にはいかないつもりだったのに
どうするかと悩んだ末に
結局のところ私は
土曜日に病院へ行き点滴をしてもらったのでした…
風太郎に結局またムリをさせて
申し訳ないという気持と
病院の先生に対しての申しわけなさと
もうカウントダウンが始まってしまっている
風太郎の時間を見つめ、別れの覚悟をしなければならないという現実
そういうものの中で過ごした最後の長い長い4日間でした。
風太郎は出会った時からずっと
人懐っこく可愛いヤツではありましたが
今までの経験からとても頑固でもあり、
人の気持にも敏感な猫でした。
とにかく病院は大嫌いで
まず車に乗ることが嫌い、治療も嫌い(当然ですが)
薬も無理やり喉の奥に突っ込んで飲ませるしかありませんでした。
砕いて食べ物に混ぜると
それは決して食べなかったのです。
本当に用心深く、敏感で頑固
ムリに飲ませるのも二度目以降は
コチラの「飲ませる」気を察して
絶対に姿を見せないようになるのです。
捕まえて飲ませるのは毎度毎度格闘…
やっと成功!と思うとグエっと吐き出されてしまったりして手をやきました。
去年の夏以降、風太郎は少しずつ痩せていきましたが
元気に食べている間はこのまま家で過ごしたいと思っていました。
でも、食べなくなったときには
もうきっと今度はダメだろうと思ってはいました。
腎臓というのは良くなることはありません。
それ以上に悪くしないように…と治療をするのですよね。
だから
今回ばかりは乗り越えられないと
そうわかっていたのです…
覚悟は出来ていたはずでした…
でももうフラフラでまっすぐに歩けない状態になっても
這うようにして自分でトイレへ行き
横になり小さく呼吸をして
とうとう尿毒症により痙攣発作が出てしまい…
そういう姿を見るともう堪らず
なんとかならないものかと奇跡を望んだりもしました。
こんな状態が長引けば苦しいだけだと分かっているのに
それでも生きていてほしいと願い延命治療に通う自分
そんな勝手な自分の気持をもてあまし罪悪感に苛まれ
今もそうですがただただ泣くことしかできませんでした。
そんな中で風太郎は頑張ってくれました。
最後の最後まで
私が呼びかけると顔をあげて
もう見えなくなっている目で応えてくれたのです。
後悔だけは絶対にしないと決めていたのに
風太郎が最後の発作のあとで息を引き取ったときには
「ありがとう」と「ごめんね」を交互に何度も言い続けていました。
亡骸を抱いて泣き
置いてまた泣いて
それでも時計を見て亡くなった時間を覚えておこうとか
とにかく穏やかな顔にしてあげたくて
目を閉じさせてあげようとか
そういう妙な冷静さだけはあったり
かと思えば耐え切れずにウロウロ歩きまわり
察した父が二階から降りて来るまで
私は皆に知らせるという当たり前の行動ができませんでした。
明け方の4時過ぎ
みんなで順番に抱きしめてお別れをしました。
それから箱にタオルを敷いて棺を作り
可愛らしい姿に整えて寝かせました。
一日このまま置いて…とも思いましたが
狭い庭に埋葬することも辛いので
火葬してもらってお骨を手元に置きたいと思い
調べて連絡をして11時に火葬の予約をとり
父と二人で行ってきました。
小さな骨壷を抱えて帰ってきてから
私はまたひとしきり泣いて
夫に無事に済んだことをメールしました。
亡くなったときには泣かなかった夫でしたが
お骨となった姿を見たあとは
寝室へ行って泣いていました。
その声を聞いて私もまた泣きました。
何をしていても瞬間的に涙が出てしまって
どうしようもありませんでした。
病院の先生にも笑顔でお礼をと思い
ちゃんとそう出来ていたのに
「最後は苦しまなかった?」と聞かれた瞬間に
号泣してしまったのでした…
娘も学校で思わず泣いてしまったようです。
先生に「元気ないね」と声をかけられてしまったと言って笑っていました。
スケにも
「もう会えない」ということだけはわかるのでしょう
「こうちゃんとミミちゃんはまだいる?」
と他の二匹の猫の心配を何度もしていました。
こんな気持を教えてくれたことにも感謝しなければいけません。
風太郎はこの先もずっと大切な家族の一員です。
私にとっては子供であり兄弟であり
なによりも最高の相棒でした。
風太郎と出会い、一緒に過ごせて本当に幸せでした。
風太郎は幸せだったのかな…
私たちと一緒で良かったと思ってくれているかな…
…それだけが気がかりです。
本当に「ありがとう」
Post: 2008/04/16 01:12 |
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今日は宝塚の星組東京特別公演
「赤と黒」を観に行きました。
2月も星組を観にいきましたが
その時に安蘭けい&遠野あすかの上手さに惹かれ
ぜひ次の公演も観て見たい…と思ったので
チケットのプレオーダーを申し込んだのです。
ま、ハズレるだろうな…と
あまり期待していなかったのですが
これが運良く当たってくれたので
今日は遥々日本青年館(信濃町駅より徒歩9分)に
一人でエンヤコラと行ってまいりました。
「赤と黒」
有名なスタンダール原作の小説です。
宝塚で舞台化されたのは1975年だったそうです。
1989年に再演され、
そして今回星組安蘭けい&遠野あすかで再々演となりました。
映画を先に見ていたので
ストーリーはわかっていました。
とても魅力的な主人公ジュリアン・ソレル
なので今回の公演はとても楽しみにしていました。
映画の印象が強いので
もしかしてちょっとガッカリするかも…と
心配したりしていましたが
舞台はとても素晴らしかったです。
脚本も私としてはとても良かったと思いました。
さすが安蘭けい&遠野あすか!
と感じたのは二人の雰囲気とやっぱり「歌」ですね。
歌の上手な人の舞台は心地良くて素敵です。
次の「スカーレット・ピンパーネル」も
是非観たいと思います。
…しかし 青年館。
初めて行ったのですが
これがもう…参りました。
狭くて暗くて、おまけに階段が急で
…ま、仕方がないことですが
もう少しゆったり観られたらなぁ…と
ちょっと残念でした。
それでも桜のキレイな街を歩いて
素敵な舞台を観る事ができて
最高の一日となりました。
Post: 2008/04/04 18:08 |
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スカパーにタカラヅカチャンネル
(タカラヅカスカイステージ)というのがあり
見始めてもう4年目になるのですが
これが最近ちっとも見れなくて…
気がつけば見そびれてしまったものがいっぱい
HDDに録りためたものもいっぱい…
あんまりテレビばかり見ているわけにもいかないですしね。
我が家で一番大きくてキレイなテレビは
みんなが見たいわけなので
結局みんなが寝てからとなり
そうすると明日のことを考えれば
二時間が限界ですし…
で、どんどん録画ばかりが溜まるんです。
そんな今日この頃だったのですが
今日はちょっと長い時間見ることができて
ニュースで宝塚音楽学校の卒業式の様子を見ることができました。
今年94期生なんだそうです。
最近は50人だったと思うのですが
今年は45人の卒業生でした。
全体的にみんな端正な子というか
キレイだったり可愛らしかったり
いかにもタカラジェンヌな雰囲気の子がいっぱいいて
容姿端麗…納得でした。
やっぱり美しい人であってほしいです。
もちろん個性的で上手な人も必要ですが
スター候補となる人も必要なわけですしね。
去年の入学式では
まったく笑顔のない子がインタビューに答えていて
それはきっと緊張していたからでしょうけれど
なんだかちょっとガッカリしてしまいましたし
笑顔はやっぱり大切ですね。
この期の子たちは全体的にキレイな子が多かったですが入学の時も、そして卒業のときも
笑顔で本当にうれしそうな子が多かったような気がします。
きっと94期からはスターが生まれます!!
…なぁんて期待をしつつ
これから注目して行きたいと思いました。
あぁこうしてますます宝塚熱は高まるのですね…
私はきっと一生タカラヅカファンから抜けられません。
夢は毎月毎公演観劇することですが
なかなかそうもいかなくて…
隔月がいいところです。
いつか大劇場に行くと夢見ていますが
さて
叶う日はくるのでしょうか…
Post: 2008/03/05 23:57 |
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春休みまでの3週間
スケは毎日近所の動物公園に出かけるのだそうで(羨ましいです)
月、火はお弁当になっています。
今日は雛祭りなので、
お弁当は張り切ってお雛様にしました。
手間はかかりましたが楽しかったです。
お内裏様の衣装は
パセリ入りの薄焼き卵です。
お雛さまの衣装は
卵の白身に食紅で色づけして
ニンジンのみじん切りをいれて焼いたものです。
味はどちらも薄い塩味です。
三角の塩おむすびに卵を巻いて
うずらの卵に海苔で髪と烏帽子と目をつけて
楊枝で刺しました。
隙間にはスケの好きなものをギッシリと詰めました
喜んでくれるといいなぁ…(^^)
Post: 2008/03/03 10:08 |
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今日はちょっぴり頑張りました。
いつもメイン一品+副食一品ですが
今日はちゃんと作りました。
豚肉のしょうが焼き
鰆のお刺身
切干大根
豆腐とネギのお味噌汁
おからに茹でたブロッコリー
ちゃんとした夕食を作ると
なんだかいい気分です。
家族にも胸を張れるような(笑)
イヤイヤやることも多い夕食作りですが
なぜか突然「よぉ〜〜〜しっ」と
ヤル気になることもあり
それが今日だったのです(笑)
楽しんでたくさん作り、たくさん食べ
ちょっとお酒も飲んでしまいました。
ま、滅多にありませんが
せめて皆が揃って食べられる週末は
がんばって美味しいごはんを作りたいと思います。
そして
夕食後はテレビとばかりに
みんなでテレビ&ストーブのそばにいると
日曜洋画劇場というのが始まり
いつもは見ないのですが
なんとなくチャンネルをそのままにしていました。
すると
ジョニー・デップ主演の
「シークレットウインドウ」
以前「ヴィレッジ」という映画を観にいったときに
予告でやっていたのを覚えていたので
地味な雰囲気でしたが見てみることにしました。
サスペンス映画なのですが
なかなか良かったです。
結構早い段階で読めてしまうのですが
それでも最後まで楽しめました。
俳優さんの魅力や力が大きいとは思いますが
思ったようにコトが運ぶという気持ちよさがあったのかもしれませんね。
ジョニー・デップが
特に好きだということもないのですが
上手な人だと思います。
シューターになった瞬間の表情
そして裏切った妻へ復讐するときの表情
怖いんですけどね
でもそこが良かったです。
そして車に乗って逃げようとする妻を
割った窓ガラスから引きずり降ろすのですが
それが片手で軽々だったことが
狂気を感じてより怖かったです。
そしてそして
なんともいえずセクシー〜と感じたのは、
今回は作家役なのでメガネをかけていたからですね。
私はメガネをかけている人、似合いそうな人に滅法弱いのです(^^)
大好きな浜田省吾さんもサングラスの人ですし
野村萬斎さんもメガネが似合いそうです。
反町隆史さんもメガネをかけているのをみて好きになりましたし
木村拓哉さんもそうなんですよね。
北村一輝さんもメッチャ素敵でしたし
福山雅治さんも
また一段とカッコよくて素敵でした〜〜
メガネ大好きです。
もちろんオットもメガネをかけていました
それがトレードマークになっているほどでした。
あぁそれなのに…
オットは中国へ単身赴任しているときに
視力矯正手術をうけて
メガネの必要がなくなってしまったのです…
そりゃ〜メガネがいらない生活は楽ですしね
喜んであげたいとは思いましたが
本音ではガッカリでしたね…
まったくオットってばわかってない!
オットには絶対メガネが似合うと思っているので
今はとりあえず
早く老眼になるように祈ってます(←ひどい妻;)
ついつい
メガネのことを熱く語ってしまいましたが
これが萌えというヤツですよね〜
あぁそういえばハリーポッターも好きです。
いや、こんなに弱いとは…
いまさらながらビックリです。
Post: 2008/02/24 23:19 |
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スケの学校は大学附属の特別支援学校で
毎年この時期に「公開研究会」というのがあり
全国から先生方が集まります。
この学校のことを以前に校長先生をされていた
先生方が本に書いていて
それが何冊も出版されているのですが
きっとそういう取り組みに興味を持った
支援(養護)学校の先生方が
勉強のためにと全国から多く集まったのでしょう
昔は1000人くらいの人が集まったと聞きました。
私は去年から関わっているわけですが
去年は450人ほどだと聞いています。
今年は予定では250人ほどだと聞きました。
で、私なりに考えてしまったのです
「見学にこられる方が何故減少しているのか。」
ということを。
(ま、余計なお世話でしょうが^_^;)
この20年で療育面に進歩があり
コミュニケーション方法が編み出され
いくつも確立されつつありますし
「自閉症」というものがクローズアップされ
いろんなアプローチを試みる先生や親も増え
そういう中で
特別の試みをする学校も増えて
スケの学校が特に珍しいということも
なくなったからなのかなと思いますし
絵カードや写真でのコミュニケーション
マカトン、TEACCH
武蔵野のような健常児と共にという学校もありますし
作業をするのも
作った作品や商品の販売活動をするのも
今や当然となりました。
勉強することは山ほどあり
同じところへ二度三度と来ることも
なくなってきているのかもしれません。
ま、それでもスケの学校は
ずっと生活単元のみというのを頑なに続けていて
それはかなり珍しい存在だとは思いますし
実際そういわれているのですけれど。
いろんな理由があるのでしょうけれど
結果的に年々減っているので
このままだとそのうち縮小され
いづれはなくなってしまうかもしれません…
実のところ学校のやり方は賛否両論だというのは
私は入学してから知ったのですが
ま、一切勉強はしないという方針については
いろいろな考えがあるでしょうね。
親の方も就学前と後では
子供の成長と共に望みも変わるというか
プラスされていくものですし
基本的な生活の部分はもちろんですが
何かクリアできるたびに
どうしても次はこれ、その次は…と
求めるものがでてくるものです。
もう少しこういうことをしてほしい…
なんてことが出てきたときに
先生と相談して…というのが普通なのですが
これがやっぱり言いにくいですよね…
子供が「人質」みたいな気がしますし
今まで何も言うことなくやってきた
他のママさんたちのことも気になりますし…
いろんな意味で気がひけるのです。
望みといっても
別にあいうえおや1+1のお勉強のことではなく
たとえば朝のお天気シールを貼ったり
お名前を呼ばれてお返事したり
挨拶したりする朝の会みたいなもの
(これがないことに逆にビックリしましたが)
単元としてメインでやるものとは別に
短い時間で
カードを使ったり写真をつかったりの
コミュニケーション練習など
遊びとして取り組めるものが
たくさんあるような気がするのですが…
これもやっぱり勉強なのでしょうか…?
もしかしたら
趣味や楽しみに繋がるかもしれません。
興味の幅が狭く、または浅く移りやすい
楽しみの少ない子たちですから
そんな経験を日々みんなで重ねていくのは
決して悪いことではないはずです。
それほどの手間もかかりませんしね…
でも、そういうものがまったくないので
どうもそれが「方針」というやつだったのだな…と気づき悩むようになってきました。
でも
「○○やらないのですか?」は
希望や期待なのに
そうではなくて
「なんでやらないのだろう」…という
不満と捉えられてしまいそうで
躊躇してしまいます。
今日なのですが
「この学校ってごはん食べるときに、みんなそろっていただきます…って言わないよね…」
と言っているのを聞いて
「あ〜そういえば」と思いました。
気づいてなかった自分が恥ずかしかったです。
いや、ホントにね。
「いただきます」「ごちそうさま」
これも基本ですよね…
例え言葉がなくても
合掌はできますし
本人に意味が分からなかったとしてもいいのです。
周りの人がちょっと嬉しくてシアワセな気持になれる
それが「あいさつ」ですし
誰かをシアワセにできることは
本人にとってもシアワセなことですよね。
子供が学校で覚えたことを
ウチでできたときの親のオドロキと感動は
本当に大きいものです。
親の方も
文字や計算ができる賢さなんかより
お行儀よく挨拶できたり我慢できたりして
「おりこうさん」と褒めてあげられる(褒めてもらえる)ことの方を願っています。
ウチで教え続けるのは当然のことですが
学校で先生やみんなとやることも必要な気がするのです
…ということで
いろんなことを考えることが増えてきて
そうなると、ちょっとしたことも気になり
そして引きずります。
ただ楽しく学校へ行ってくれれば良かった入学時とは違って
1年2年と過ぎた今
少し違う希望や期待も出てきたということなのですが
そういうことを
上手にサラっとと言える人になりたいものです…
Post: 2008/02/22 18:08 |
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今日はスケの学校の給食試食会でした。
窓拭き、バス当番、試食会と三日連続の学校ということで
家事ができずウチが荒れてますが
明日はようやくスケジュール空き日です。
スケはデイに行ってもらうので夕方までフリ〜
とても嬉しいです。
家事は明日がんばります。
…ということで
しばらくはパソコンの前(^O^)
写真は今日の給食です。
程よい味付けでとても美味しかったです。
イワシのフライとスパゲティサラダと
しめじ入りのかきたま汁でした。
ごはんは麦が少々入っていました。
久しぶりの給食は
配食することがまず楽しかったです。
私たちの子供時代は
一クラス42人くらいいたので
配食に時間がかかって大変でしたが
今日はたったの12食ということで
あっという間に終わってしまい
物足りないくらいでした(^^)
Post: 2008/02/19 15:31 |
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