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「可愛いアメリや。お前の骨はガラスじゃない。人生にぶつかっても大丈夫だ。」(『アメリ』より)
ひと昔前は赤ちゃんだった妹が、今日でいよいよ20歳になった。
みんな自分でははっきりと気がつかないうちに、少しずつ大人になっていく。当たり前のことなんだろう。
それでも、ずっと近くで姿を見ていた家族としては妙な感覚が拭い切れない。結婚という二文字が、徐々に現実味を帯びてくるのに加えて、お酒も今日からは合法になるわけで。
ぼくの場合、“遠い未来”のはずだった20歳の誕生日は、何の実感もなくただただ過ぎていった。
いつだって実感は、あとからじわじわ湧き出てくる。月日はそれが流れて行くとき、いつも決まってゆっくりと同じスピードなはずなのに、いざふり返ってみると、しばしば“あっという間”に感じてしまう。どちらもきっと、よく似た感覚。
妹にはずいぶんと苦労をさせてきた。
ぼくとは正反対で、高校の卒業式で特別表彰を受けるほど、こつこつ勉強を重ねてきた妹。
本当はみんなと同じように、“ふつう”に大学へ進んで、“ふつう”にサークルにも入って、“ふつう”に遊んだりもしたかったはず。なのにうちの妹は、大学に進学するという選択肢を選ぶことさえ出来なかった。
あのころほど、「世の中おかしい」と感じた時期はない。一生懸命勉強したいと望む人に、そのチャンスすら与えられない。それが世の中の現実だ。
「お金なんてなくたって幸せになれる。」
確かに、大うそってわけではない。お金がなければ、人はその状況下でもなんとか希望の光を見出すことができる。
ただね。お金は絶対にあったほうがいい。「希望」を叶えるためには、少なからずお金がかかることが多いから。お金がなくてあきらめないといけない「希望」が、たしかにあるんだとぼくは見てきた。
今は本人なりに、保育士になることに希望を見出して短大に通っているものの、当時は相当苦しかったことと思う。それでも強く生きていけるから、人間ってすごいんだけど。
妹にも、それから母親にも。ぼくはお金がないことでもうこれ以上苦労させたくない。
20歳の一年間が、君にとって幸せな一年間になることを祈っています。
誕生日、おめでとう。
Post: 2006/05/06 10:19 | コメント(0)
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まだ小学校の低学年だった頃、我が家の朝のリビングは、いつも珈琲の香りで包まれていた。
量販店で買った黒いコーヒー・メーカーから流れてくるのは、ミルがたてるけたたましい音だけではない。
豆から飛び出す、甘く芳ばしい珈琲の香り。
今になって考えてみると、子ども心ながらにも僕は、そんな空間からささやかな幸せを感じとっていた。
いつの頃からだろう。
朝のリビングから、あの香りが消えていったのは…。
4月分のバイト代がちょっとした額になったこともあり、この一週間くらいの間、今の自分が欲しいものをひとつだけ考えてみることにしていた。
レコードプレイヤーやコンポにはじまり、寝心地抜群の低反発まくらまで、欲しいものはいくらでも思いつく。
さんざん迷った末に僕が手にしたのは、全自動のミルと銘柄別のコーヒー豆をあわせて300グラム。
買って来たのはいいものの、美味しいいれ方ひとつ分からずに、パートが休みで珍しく家にいた母親に相談する。
コーヒー好きの母がひとりでインスタントを飲むようになってから、もう何度目かの夏が到来しつつある。
ふだんは滅多に開けることのない流しの上の戸棚から、ペーパーを取り出す母を横目に、ミルでふたり分の豆を挽く。
2つ並べたカップに必要な分だけ。
部屋中にゆっくりと広がっていく、あの頃とよく似た香り。
「あんたが珈琲豆を買ってくるようになったかぁ。」
口数こそ決して多くはないが、どこか感慨深げにこちらを眺める母親の姿が、今日はいつもより愛くるしく思えた。
Post: 2005/05/23 01:49 | コメント(0)
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