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スナフキンの手紙
2006/04/20
「そうだな。なんでも自分のものにして、もって帰ろうとすると、むずかしいものなんだよ。ぼくは、見るだけにしてるんだ。そして、たちさるときには、それを頭の中へしまっておくのさ。ぼくはそれで、かばんをもち歩くよりも、ずっとたのしいね。」(『ムーミン谷の彗星』本文より)

彼女とふたり。午後のまどろみ。自宅のベッドでごろんとなって、“実写版スナフキン”が出てくる映画をDVDで見た。
『クリクリのいた夏』という邦題がつけられたその映画を、もう何度見かえしているのか、ハッキリとは覚えていない。たぶん両手の指だけじゃ数えきれないくらい。
映画の舞台は、1930'sのフランス。街から離れた「マレ」(=沼地)に暮らす人々の“しあわせ”を、語り手の“クリクリ”が中心となって、そっと語ってくれている。

“しあわせ”って、いつだってすぐそばに転がっているはずなのに、実際に気づけるかというと、これがなかなか難しい。
この映画をみて、改めて教えられたことでもあるんだけど、「便利さ」ばかり優先していると、ついつい見逃してしまうようなタイプの“しあわせ”も、世の中には案外たくさんあるものだ。
たとえば「メール」「手紙」。これだけパソコンや携帯のメールが普及している今の世の中でも、ふとしたときに紙につづられた手紙をもらうと、書いた人のぬくもりまでももらった気がして、素直にうれしいって思える。
どんなに不器用な文章で、どんなにささやかな内容だとしても。そこには書き手の“想い”と、手紙を書くために費やされたはずの“時間の重み”が、見えない文字となってしっかりと刻み込まれているのである。

たまには“スナフキン”たちのように、ゆっくり耳をかたむけて、贅沢な時間を過ごしてみるのもいいはずだ。

今回はタイム・リミットのせいで、最初の30分くらいしか見れなかったので、次回は必ずや最後まで!


Post: 2006/04/21 04:35 | コメント(0)
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