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ほほえみのたね 2006 / 04
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高熱の夜に
2006/04/26
日付が変わるころ。パソコンのスイッチを切って立ち上がると、突然全身に寒気が走って、ふるえが止まらなくなった。
あまりに急な体調の変化で、自分のからだのことだっていうのに、うまく頭の中でその場の状況が飲み込めなかった。
ただ確かだったのは、夏というにはまだ少し肌寒い小学校のプール・サイドで、水からあがったあとに感じていた、唇が紫色に変わっていくようなあの寒さに、そのときの悪寒がそっくりだったということ。

長袖のトレーナーをTシャツの上に重ね着して、冬物の毛布と布団の中に駆け込んだが、震えはなおも加速度をあげて、からだの奥深くからこみ上げてきた。
がちがち音を鳴らす歯。筋肉痛のような鈍い痛みがだんだんと増していく太ももの裏。水面にゆれる波紋のように、頭の痛みもゆったりと確実にからだの隅々に広がっていく。

震えはまだまだ止まらずに、ひたすら永く静かな時間が過ぎていくだけ。
からだの芯から指先まで、全身がぬるま湯のような熱を発散しているのに、いくら布団のなかにくるまっていても、ちっとも寒気がひいていかない。

「病は気から」なんて言葉もあるとおり、こういうときの気持ちって、体調の変化と同じで沈みがち。
記憶って不思議なもので、何かいいことを思い出そうとするときに限って、辛かった思い出ばかりが先行する。

体調が急変してからちょうど一時間くらいが経ったときだったろうか。
部屋の外で物音が聞こえ、ついに耐え切れずに母親の名前を呼んだ。

母が部屋にきてからは、すべてがあっという間。
ひとり暮らしだったら、きっと朝まで不安な気持ちのなかで痛みと向き合うことになっていただろう。
いくつになっても母親にはかなわない。
まさか22になって、母親から看病をされることになるとは思ってもなかったけど。

ベッドの脇に座った母と、熱の苦しみの中でいくつかの言葉を交わした。
10年間一緒に暮らしていた福岡でのこと。
前に高熱を出したときのことなんかも話した。
中2のとき、大雨の中でサッカーをやり続けて、塾から早退した晩のこと。体温計で熱を測ると、39℃の表示に親子そろってビックリした記憶がよみがえった。
振りかえってみて気づいたのだけど、39℃なんて高熱が出たのは、そのとき以来8年ぶり。

この年になると、高熱にうなされる夜くらいしか、母親と話せないこともある。

ぼくも大好きなリリー・フランキーの『東京タワー』。ついに「本屋さん大賞」まで受賞したこの本が、たくさんの人たちに愛されつづけている理由が、また少しわかった気がした。
夜中にドンキまで解熱剤を買いに行ってくれる母親を前にすれば、男なんてみんなマザコンだ。

ふだんは照れくさくて口が裂けても言えないけど、こんなに心強い存在、ほかにはちょっと見当たらない。

はる (07/11/16 19:10)
私もまさにその症状と同じものを昨夜体験しました。私も0時ごろパソコンを切ってデスクワークをしようとした瞬間寒気とふるえにさいなまれました。2時間くらいふるえと寒気の後、高熱があり、今日は元気なんですよね・・なんだったのでしょう・・病院などで診断はされましたか?

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