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ほとんどのお店が開く朝の10時から、レオさんへの贈り物を探しに渋谷の街へやってきた。まだまだ満員状態の東横線に揺られること30分。朝の渋谷へ到着。
となりで歩いているのはりぃ君。160センチくらいのりぃ君と並んで歩くと、さながらぼくらは凸凹コンビ。20センチの身長差以上に、やたらとその凸凹ぶりばかりが強調される。
流行りのお洒落メガネとは程遠いりぃ君メガネの巨大レンズは、たとえるならば勤続30年の総務部長。今どき珍しいほどあまりに大きなレンズなので、かえって独特の愛嬌をふりまいている気がする。からかわれることも多いけど、バイト先でも1,2を争う人気者だ。
朝早いこともあり、通りを歩いてる人の雰囲気もいつもとはちょっと違う。同年代の人たちの姿以上に、社会人や修学旅行生の姿が目についた。センター街といえども雰囲気は一緒。よく考えてみれば、平日の朝方なんだから高校生たちがいるはずもないんだけどね。センター街から路地裏をぬって、目的地のロフトや東急ハンズがある宇田川町エリアへ歩みを進めた。
りぃ君とふたりでは、いまいち決めきれなかったレオさんへの贈り物だけど、バイト先のみんなと話し合ってネーム入りのボールペンを贈ることに決めていた。長く大切に使ってもらいたいという基準で選ぶことになったいきさつがある。
最初に行ったハンズでは、その場でネーム入れサービスをやっていないらしく、料金も結構かかることが判明する。20人弱で出し合うとはいえ、そこはみんなで買う贈り物。少しでも安いに越したことはない。
そのまま近くのロフトへ行くと、万年筆コーナーへと一直線。今度はネーム入れ無料で、当日受け渡しというサービスの良さ。ふだんはなかなか買わないボールペンだけに、贈り物ともなるとなかなか決め手に欠けたけど、最終的には自分の趣味で、なじみのあるクロスのボールペンを購入した。
値段も据え置き3000円。喜んでもらえるといいんだけど。ちょっぴり不安です。
写真は贈り物つながりで、レオさん最終日に食べた中目黒ヨハンのチーズケーキ。
Post: 2006/05/12 12:24 | コメント(0)
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手の届かない、はるか遠い背中がある。
レオさんとぼくが出逢ったのは、今からちょうど3年前。年の差5歳。そのころのレオさんは、ぼくにとってたくさんいるバイト先の先輩のひとりに過ぎなかった。
仲は特に悪くも良くもなく、顔を合わせるのはバイトをしているときだけという間がらが1年ほど続いた。
何がきっかけだったのか、はっきりとは覚えていない。
いつからか、気の向くままに食事をともにし、辛いことがあるときには酒を飲み、時には朝まで河川敷で語り合える関係へと変わっていった。
ふだんは“変人街道”まっしぐらだったレオさん。
腰まで届く長髪だったという、硬派の応援団時代。そのころから書き続けているという詩のノート。“神童”とよばれ学費を支給されていた国立大学時代。なぜだか入りなおした東京の大学。京都まで自分の足で走っていった、根拠のない気力と体力。
どこをとっても掴みどころがない人だけど、変人といっても、モラルだとかエチケットだとかいうことには、誰よりもしっかりとした基準を持っている。
自分自身のなかで決めたルールは、どんなときにも決して破ることがない。
ひょっとしたら他の人とは少し距離を置いて、うまく自分なりにバランスをとっていたというほうが正しいのかもしれない。
本当の優しさの意味を行動をもって教えてくれたレオさんも、この春からいよいよ社会人。スタートこそ人よりちょっと遅くなってしまったが、大きな夢をあきらめずに今でもしっかり未来を見据えているにちがいない。
この人との出逢いがあったから、今の自分があるといっても決して大袈裟ではない。
進む道も歩んできた道も、レオさんとはまったく違う。
それでもぼくは、レオさんの残してくれた大切な言葉を胸に、今日もまたこの遠い背中を追いかけ続ける。
Post: 2006/05/09 15:01 | コメント(0)
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「桜の樹の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。」(『桜の樹の下には』本文より)
高校のときの教科書に出てきたのがきっかけで、好きになった梶井基次郎さんの言葉。ピクニックへと出かけた「新宿御苑」の中で見つけた写真の景色を見て、真っ先にこの一節を思い出した。
今年はずいぶんとたくさんの桜を見てきた。八分咲きの桜。満開の桜。どれもみんなきれいだったけれど、散りぎわの桜の美しさは、中でも頭ひとつ飛びぬけている。
国文学科に通っているだけあってか、彼女は目の前で散り行く桜の絨毯を見て、「芥川の世界みたい」なんてつぶやいた。
桜の花びらを見て、まさか芥川龍之介の名前が出てくるとは。国文学科、おそるべし。
新宿ピクニックでは、レジャーシートが心強い味方。ぽかぽか暖かい広い芝生の上で食べるご飯は、たとえコンビニ飯でも美味しく感じる。
東京メトロの一日乗車券を買っていたので、緑のオアシスにいたのはお昼前まで。朝の9時から入園していたことを考えれば、それでも結構いたことになる。
そのあとは浅草に水天宮、それからいつもの神保町・御茶ノ水まで、一日使ってメトロを使い尽くした。
国文学科に引き続き、おそるべしは東京メトロ。
山手線や中央線を使わなくても、東京中いたるところに行けてしまう。
この日一番の美味は、人形町のお茶屋さんで食べた「ほうじ茶ソフト」。アイスなのにほうじ茶の味。不思議なものもあるもんだ。
Post: 2006/05/08 14:47 | コメント(0)
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あわび【鮑】「海底の岩にくっついてすむ巻貝。貝殻は耳形で、二枚貝の片側のように見える。美味。」(「新明解国語辞典」より)
辞書遊びのススメ。
国語辞典好きのあいだでは有名な話だけど、『新明解』の説明は面白い。主観たっぷりの日本語チョイスが、なんとも言えない風味を感じさせる。
今日とりあげたのは「あわび」。最後の“美味”の二文字が、なんだか親しみを感じさせる。
「あわび」だけに限ったことじゃなくて、食べ物の説明になると、この“美味”の二文字はちょくちょく顔を出している。編集したメンバーの「食べ物」に対する熱い想いが、ひしひしと伝わってくる感じでいい。
続いては、「磯のあわびの片思い」について。
「あわび」の項目には、こんな慣用表現も一緒に紹介されている。きっと、学校ではなかなか教えてもらえない日本語じゃないだろうか。
新明解によると、「アワビの貝殻が片方しかないことと片思いをかけた表現」と説明されている。
恥ずかしながら、今日までの22年間ちょい、そんな言葉も意味もまったく知らずに生きてきました。
英語の勉強も大切だけど、まだまだ日本語の勉強をする必要がありそう。
「あわび」ついでに、今度は「恋」について調べてみた。新明解の用意した答えは、次の通り。
こい【恋】「特定の異性に深い愛情を抱き、その存在を身近に感じられるときは、他のすべてを犠牲にしても惜しくないほどの満足感・充足感に酔って心が昂揚する一方、破局を恐れての不安と焦燥に駆られる心的状態。」
長い。人生の酸いも甘いも噛みしめてきた偉い学者の先生も、きっと相当頭を悩ませて考えたに違いない。
それにしてもこの先生。いったいどんな「恋」をしてきたんだろう。必死になって考えている学者の先生の顔を思い浮かべてみると、なんだかそれだけで微笑ましい気持ちになってきた。
Post: 2006/05/07 22:28 | コメント(0)
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日付が変わるころ。パソコンのスイッチを切って立ち上がると、突然全身に寒気が走って、ふるえが止まらなくなった。
あまりに急な体調の変化で、自分のからだのことだっていうのに、うまく頭の中でその場の状況が飲み込めなかった。
ただ確かだったのは、夏というにはまだ少し肌寒い小学校のプール・サイドで、水からあがったあとに感じていた、唇が紫色に変わっていくようなあの寒さに、そのときの悪寒がそっくりだったということ。
長袖のトレーナーをTシャツの上に重ね着して、冬物の毛布と布団の中に駆け込んだが、震えはなおも加速度をあげて、からだの奥深くからこみ上げてきた。
がちがち音を鳴らす歯。筋肉痛のような鈍い痛みがだんだんと増していく太ももの裏。水面にゆれる波紋のように、頭の痛みもゆったりと確実にからだの隅々に広がっていく。
震えはまだまだ止まらずに、ひたすら永く静かな時間が過ぎていくだけ。
からだの芯から指先まで、全身がぬるま湯のような熱を発散しているのに、いくら布団のなかにくるまっていても、ちっとも寒気がひいていかない。
「病は気から」なんて言葉もあるとおり、こういうときの気持ちって、体調の変化と同じで沈みがち。
記憶って不思議なもので、何かいいことを思い出そうとするときに限って、辛かった思い出ばかりが先行する。
体調が急変してからちょうど一時間くらいが経ったときだったろうか。
部屋の外で物音が聞こえ、ついに耐え切れずに母親の名前を呼んだ。
母が部屋にきてからは、すべてがあっという間。
ひとり暮らしだったら、きっと朝まで不安な気持ちのなかで痛みと向き合うことになっていただろう。
いくつになっても母親にはかなわない。
まさか22になって、母親から看病をされることになるとは思ってもなかったけど。
ベッドの脇に座った母と、熱の苦しみの中でいくつかの言葉を交わした。
10年間一緒に暮らしていた福岡でのこと。
前に高熱を出したときのことなんかも話した。
中2のとき、大雨の中でサッカーをやり続けて、塾から早退した晩のこと。体温計で熱を測ると、39℃の表示に親子そろってビックリした記憶がよみがえった。
振りかえってみて気づいたのだけど、39℃なんて高熱が出たのは、そのとき以来8年ぶり。
この年になると、高熱にうなされる夜くらいしか、母親と話せないこともある。
ぼくも大好きなリリー・フランキーの『東京タワー』。ついに「本屋さん大賞」まで受賞したこの本が、たくさんの人たちに愛されつづけている理由が、また少しわかった気がした。
夜中にドンキまで解熱剤を買いに行ってくれる母親を前にすれば、男なんてみんなマザコンだ。
ふだんは照れくさくて口が裂けても言えないけど、こんなに心強い存在、ほかにはちょっと見当たらない。
Post: 2006/04/26 17:59 | コメント(1)
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「可愛いアメリや。お前の骨はガラスじゃない。人生にぶつかっても大丈夫だ。」(『アメリ』より)
ひと昔前は赤ちゃんだった妹が、今日でいよいよ20歳になった。
みんな自分でははっきりと気がつかないうちに、少しずつ大人になっていく。当たり前のことなんだろう。
それでも、ずっと近くで姿を見ていた家族としては妙な感覚が拭い切れない。結婚という二文字が、徐々に現実味を帯びてくるのに加えて、お酒も今日からは合法になるわけで。
ぼくの場合、“遠い未来”のはずだった20歳の誕生日は、何の実感もなくただただ過ぎていった。
いつだって実感は、あとからじわじわ湧き出てくる。月日はそれが流れて行くとき、いつも決まってゆっくりと同じスピードなはずなのに、いざふり返ってみると、しばしば“あっという間”に感じてしまう。どちらもきっと、よく似た感覚。
妹にはずいぶんと苦労をさせてきた。
ぼくとは正反対で、高校の卒業式で特別表彰を受けるほど、こつこつ勉強を重ねてきた妹。
本当はみんなと同じように、“ふつう”に大学へ進んで、“ふつう”にサークルにも入って、“ふつう”に遊んだりもしたかったはず。なのにうちの妹は、大学に進学するという選択肢を選ぶことさえ出来なかった。
あのころほど、「世の中おかしい」と感じた時期はない。一生懸命勉強したいと望む人に、そのチャンスすら与えられない。それが世の中の現実だ。
「お金なんてなくたって幸せになれる。」
確かに、大うそってわけではない。お金がなければ、人はその状況下でもなんとか希望の光を見出すことができる。
ただね。お金は絶対にあったほうがいい。「希望」を叶えるためには、少なからずお金がかかることが多いから。お金がなくてあきらめないといけない「希望」が、たしかにあるんだとぼくは見てきた。
今は本人なりに、保育士になることに希望を見出して短大に通っているものの、当時は相当苦しかったことと思う。それでも強く生きていけるから、人間ってすごいんだけど。
妹にも、それから母親にも。ぼくはお金がないことでもうこれ以上苦労させたくない。
20歳の一年間が、君にとって幸せな一年間になることを祈っています。
誕生日、おめでとう。
Post: 2006/05/06 10:19 | コメント(0)
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“毎月”というほど多くはない。“一年に何度か”というほど少なくはない。そんな頻度で、彼女からのメールに異変が起きる。
「今日の17時過ぎの空は、暗くて明るくていい色でした。」
始まりはそんな言葉だった。
普段着の敬語は、いつものとおり。
付き合ってしばらくが経つ今でも、語尾にようやく顔を出す程度のその“普段着”を、彼女は時たま上手に着こなしてみせる。
「ちょうど『花とアリス』を返却して、図書館を出た時の辺りの色が、岩井俊二の世界でした。」
岩井俊二監督の映画が好きなのは、ふたりの共通点。
とは言うものの、『花とアリス』のDVDは購入してから今でもずっと、我が家の書棚で息をひそめたまま。
すごく興味があるのに、なかなか見る決心がつかずにいる映画だ。
「雨といっしょにピンクの花びらが降って、ビニール傘にはりつきました。」
どこかよそ行きの雰囲気さえ感じさせる、今日のメール。
どうってことない文章かもしれないけど、ぼくは彼女の文章が好きだ。
Post: 2006/04/25 02:51 | コメント(0)
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